医療やリハビリ、福祉のニュースなど、気になる話題をつづっています。

スポンサーリンク
 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

理学療法士として終末期医療に携わった経験

理学療法士・日常生活
 何気ない日常、当たり前のようにあることに感謝する、
 そんな日々を過ごせている人は少ないのかもしれません。
最近、エレベーターが開いて何も考えずに乗ろうとしたら、
エレベーターがなくて下に転落した、というニュースを
目にしました。夏からで2~3件起こってますよね。


それとは少し話が変わりますが、仕事をしていて
1Fから乗り込んで、4Fのボタンを押して
次にあいたら無条件で降りてしまし、気がついたら
3Fだった、なんてこともありました^^;

3Fから上に行きたい人が乗り込んで来たのに、
自分はてっきり4Fだと思って降りてしまったんですね。

「開いたら、ボタンを押したその階やろ」っていう
思い込みは怖いですね。


理学療法士としての日常も、日々当たり前のようにあると
思いがちですが、毎日が出会いや別れの繰り返しです。


ある方を担当することになる偶然の出会いもあれば、
その方が退院や永眠されて別れてしまうこともあります。

普段仕事をしていると、そんなこと考えないですけどね。


以前、ある末期がんの方を担当していました。
担当し始めたのは夏の終わりの頃で、すごくお元気そうでした。

よくしゃべる方で、いろいろなことを私に教えてくれました。

でもがんは残酷で、秋が深まる頃には起き上がったり、
立ち上がったりするのがやっとの状態になってしまいした。

でもその方は私に死の恐怖を微塵も感じさせることなく、
リハビリの時間中接してくれました。


冬のかかりになり、とうとう自分では動けなくなり
入院することになり、あんだけ元気にしていた雑談も
なかなか難しい状態になってきました。


そのときちょうどクリスマス前で、クリスマスに職員の有志が
コンサートを開いてくれるって聞いたそうです。

そうしたら「いつもお世話になってるのは私たちだから、
その人たちに元気になってもらうたい」って、
自分のピアノの先生とか、有志を集めたり、
お金を出して逆に励ますコンサートする手配したそうです。



自分の命があとわずかってわかってるはずなのに、
人のことばっかり考えてました。


こんな風に人生最後のときを過ごせたらって思いました。


理学療法士になるための専門学校時代、長期実習で
ずっと担当してた高齢者が、実習最終日前日に
手術を失敗して亡くなりました。

すごい悲しかったけど、私を担当してたバイザーは
「まあこんなこともあるわ」って、患者さんの死に
慣れてる感じがしてすごく嫌でした。


でも実際自分が理学療法士になって、たくさんの方が
亡くなるのを目の当たりにしていると、学生のときほど
悲しいっていう感情はいつにまにか亡くなりつつありました。


理学療法士として最近外来のクリニックに長く
勤めていると身近な患者さんが亡くなることは少ないです。
外来に来られる方は若い人が多いので。


自分が担当してる方が亡くなっていくときに関わらせて
いただくのは久しでした。


その人の死をこんなにつらいと思う気持ちがまだ自分の中に
あることに気づきました。

この気持ちがあるなら、医療人としてやっていけそう。


その方は12月になって永眠されましたが、最後一緒にリハビリを
したときに、病室からクリスマスの飾り付け見えました。

理学療法士終末期医療1

永眠されてもう何年も経ちますが、この季節になると
いつも思い出します。


リハビリの意味って色々あると思いますが、
もう一度考えさせられる出来事でした。

目標設定がどうとか、ゴール設定がどうとか、
知識や技術ではなはない世界です。


こういうことこそ、リハビリテーションを教える
大学や専門学校で教えるべきことだと思うのですが。



当たり前の日常を当たり前と思わず、
感謝する心を忘れたらダメですね。
関連記事
ジャンル : 心と身体

スポンサーリンク

 

スポンサーリンク
検索
お問い合わせ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。